外資系投資銀行への道標

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バリュエーションはアートだ!ってどういうこと?外資バンカーが解説

2018年2月14日更新 2017年4月16日公開

投資銀行の得意分野として企業価値評価があります。

M&Aを行う際に、適正な買収対価を算出するため、ノウハウを注いで価値を算定します。

そこでは実に多面的に対象会社を分析して、適正価額を算出します。

 

そうした、あらゆる視点からの示唆に整合性をとるため、内部ではあちこち数字やロジックをお化粧する(="調整する")必要があるのですが、このお化粧することを指して、業界では「バリュエーションはアートだ」と言われています。

決してポジティブな意味で使われる言葉ではないのですが、どういう意味なのでしょうか?

また、なぜそのように呼ばれるのでしょうか?

そのワケを解説していきます。

企業価値の算出方法は主に3種類

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企業価値の算出の仕方はいくつかありますが、主に使用されるのは次の3つです。

  1. ディスカウンティッド・キャッシュ・フロー法(=DCF)
  2. トレーディングマルチプル法
  3. トランザクションマルチプル法

 

しかし、実際にはどれか一つだけを用いて企業価値を弾くということはなく、複数組み合わせて妥当な線を探す、というやり方をとります。

なぜなら、どれもモデルに変数が多く、少し前提を変えただけで大きく結果が変わってしまうためです。

 

では、一体なにがマズイのでしょうか?

それぞれ見ていきましょう。

その1. DCF

DCFとは、対象会社が将来生み出すキャッシュフローの割引現在価値の合計を算出するというモデルです。(詳しくは専門書に譲ります)

このDCFは教育現場では大人気ですが、算出が実に面倒であるということと、信頼度が50%程度ということで、実際のバリュエーションでメインを張ることは少ないです。

 

どういうことかというと、最大の要因は、DCFが非常に変数の多いモデルであるからです。

変数が多ければ多いほど、モデルを作る人の裁量の入り込む余地が大きくなります。

つまり恣意性が高いということです。

逆にいうと、変数にしっかりとした前提を置ければ結果に納得感を持たせやすかったりします。

「これだけ思考し尽くしているんだから多分妥当なんだろう」って感じで。(ただし、数字が適正かどうかはまた別の話です)

 

DCFモデルの中でも、特に大きなドライバーは事業計画の成長性と割引率の2つです。

少し数字を変えてやるだけで大きく結果に跳ね返ってきます。

心地よい企業価値が出るように、モデルを作る人はあれこれ理由をつけてこの2つをいじるのです。

その2. トレーディングマルチプル法

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トレーディングマルチプル法とは、類似上場会社の企業価値を売上高やEBITDA、純利益などで割った倍率(=マルチプル)を対象会社に当てはめて企業価値を求める方法です。

 

トレーディングマルチプル法においても心地よい企業価値が出てくるように、マルチプルの着地点をまず見定めて、そこに落ち着くように類似上場企業を調整します。

「調整する」とは、簡単は方法だとあーだこーだ理由をつけて不適にして除外したり、多少強引にでも上場企業を入れ込んだりすることです。

 

例えば、

  • DCFで出した企業価値を基に逆算するとEV/EBITDAは8〜10倍に納めたい
  • だから4倍以下や15倍を超えるような企業のEV/EBITDAはあれこれ理由をつけて異常値として除外しよう
  • 4倍以下の〇〇株式会社は直近で不祥事を起こしてメディアに叩かれて時価総額が下がっているワケだから特殊事例だ、除外しよう。
    15倍以上の〇〇株式会社は(本当は違うのに)最近話題のFinTech銘柄としてバリュエーションが跳ね上がっているだけ、だから異常値ということにしよう

 

トレーディングマルチプルもまた、答えに合わにいくように後付けの合理的な理由を作り出せるのです。

その3. トランザクションマルチプル法

トランザクションマルチプル法とは、過去に類似した会社を買収した事例を探し出し、その時の企業価値(100%買収想定)を売上高やEBITDA、純利益などで割った倍率(=マルチプル)を使って、対象会社に当てはめて企業価値を算出する方法です。

 

トランザクションマルチプル法もアサンプション(=前提条件)が多く、どうとでも数字を弄れる方法です。

例えば、心地よいマルチプルに落ち着けるために取引事例をあーだこーだ理由をつけて調整するのです。

「調整する」とは、除外したいマルチプルになっている事例が外れるように「3年以内の事例に限る」と年数を縛ったり、「100%買収事例に限る」と取得比率で縛ったりするのです。

 

例えば、

  • DCFで出した企業価値を基に逆算すると、EV/EBITDAは6〜9倍に納めたい
  • だから4倍以下や10倍を超えるような過去事例のEV/EBITDAはあれこれ理由をつけて異常値として除外しよう
  • 4倍以下の〇〇株式会社による××株式会社の買収事例は、類似案件とはいえ取得比率はたったの3%の案件であり、本件のようなマジョリティ買収で必要なプレミアムが含まれていない、だから除外しよう。
    10倍以上の〇〇株式会社はもまた類似案件だが、もう7年も前の案件である。当時は一種のバブルで、IT界隈ではどの案件も高騰していた時期だからこれも異常値ということにしよう

 

やはりトランザクションマルチプルも、なんだかんだ都合の良いように作れるものなのです。

クライアントへのアドバイス:目を養うことが大切

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このように、多面的に考察する上で、どの算出方法とも整合的で頑健性の高いバリュエーションを作る必要があります。

綺麗に筋を通して調整された結果はもはや「芸術的」なのです。

だからこそ美しい結果には満足してしまいがちなのですが、それが適正価格なのかどうかはまた別問題なワケです。

 

投資銀行が作成した「アート」が、本当に公正妥当な数字なのかどうかをクライアントは見極めなければなりません。

よく資料を見ると、文字サイズ6(極小サイズ)でびっしりと注釈が書かれていることに気がつきます。

それらにもきちんと目を通し、投資銀行のロジックには懐疑的な姿勢で臨むことが肝要です。

最後に

このように、どの方法もモデルを作る人の「気分次第」でどうとでも数字が作れるということがお分かりいただけたと思います。

バリュエーション手法はどれも絶対無欠の手段ではなく、欠点も理解した上で運用する必要があります。

また、数字のマジックに惑わされてうっかり企業価値を毀損しないために、アカデミック・実務両面から学びを怠らないようにしたいものですね。